頑張りすぎて疲れてしまったあなたへ。聖書が語る「最高のプレゼント」の話
今年行われたサッカーのワールドカップの試合を少しだけ目にしました。 対戦カードは、アルゼンチン対カーボベルデ。
カーボベルデという国を、ご存じでしょうか。 アフリカのセネガルから西へ620キロ。 大西洋にぽつんと浮かぶ、とても小さな島国なのだそうです。
今大会が、初めてのワールドカップ出場。 そんな彼らが、世界的な強豪アルゼンチンを相手に、最後まで一歩も引かずに走り続けていました。
結果は、3対2。 惜しくも、カーボベルデは敗れました。
試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、ピッチに泣き崩れる選手たちの姿。 その涙が、私の心に深く、深く残ったのです。
この世界ではどうしても、「結果がすべて」だと思われがちですね。 勝たなければ意味がない。 数字を出さなければ認められない。
いつの間にか私たちは、そんな目に見える「スコアボード」ばかりを気にして、 自分を追い込んでしまうことがあります。
でも、神様の視点は、少し違います。
神様は、あなたがどれほど誠実に歩もうとしたか、そのプロセスをすべて見ていてくださいます。 結果が出なくて泣くことは、決して恥ずかしいことではありません。
あなたが流した汗も。 悔しくてこぼした涙も。 そのすべてが、神様にとっては、かけがえのない宝物なのです。
「今日の説教で、私の心に深く響いた言葉がありました」
それは、行き止まりの人生を根底からひっくり返す、神様による「大逆転」のシナリオです。

人生の行き止まりにある「ところが今や」という光
毎日を懸命に生きていても、ふとした瞬間に足が止まってしまうことがあります。 目の前を高い壁に塞がれたような。 息がうまく吸えないような。 「どうせ自分なんて」という孤独な暗闇の中に、迷い込んでしまうことはないでしょうか。
聖書は、こうした「神様から離れてしまい、心が歪んでしまった状態」を「罪」という言葉で表現します。 それは出口のない、深刻な行き止まりの状態です。
けれど、聖書はその絶望の真っ只中に、驚くべき光を投げかけます。
「ところが今や、律法とは関係なく……神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。」(ローマの信徒への手紙3章21-22節)
「ところが今や」
この、すべてをひっくり返す力強い言葉。 神様は、私たちの状況がどんなにボロボロであっても、ご自分の側から新しい道を開いてくださいました。
ここで語られる「神の義」とは、神様の「誠実さ」のことです。
たとえ私たちが神様から離れて歩き出したとしても、 神様の側は、決して手を離しませんでした。 「あなたとの大切な関係を守り抜く」という約束を、ずっと貫き通してくださったのです。
神様は、長い歴史の中で、ずっとこの「愛の大逆転」を準備してこられました。
あなたを買い取ってくれた「身代わり」の愛
聖書の中に、「あがない」という言葉が出てきます。 少し難しい言葉ですが、当時はとても身近なものでした。
当時、奴隷という身分から自由になるためには、誰かがその人のために「身代金」を支払って、買い戻してあげる必要がありました。
私たちは、自分ではどうにもできない「歪んだ心」や「過去の傷」という鎖につながれた、いわば奴隷のような状態でした。
そこで、イエス・キリストが私たちの身代わりになってくださったのです。
イエス様は、単にお金を払ったのではありません。 ご自分の「命」そのものを、身代金として差し出してくださいました。
あなたという存在を買い戻し、自由にするために。 これ以上ないほど高価な代金を、代わりに支払ってくださったのです。
「あなたはもう、自由ですよ。もう自分を責めなくていいのですよ」
そんな柔らかな声が、イエス様の十字架から聞こえてくるようです。
「ただ受け取るだけ」という驚きのルール
ここで、一つの例え話をさせてください。
もし、あなたが一生かかっても払えないほど高価な、 世界に一つしかない「命を救う薬」が必要になったとします。
どんなに働いても、逆立ちしても、その代金は用意できません。 ただ死を待つしかない……そんな状況です。
唯一、その薬を手に入れる方法があります。
それは、薬の持ち主があなたを心から哀れに思い、 「これはあなたへのプレゼントです」と言って、無償で手渡してくれるのを待つことです。
あなたにできることは、ただ一つ。 「ありがとうございます」と言って、両手でそれを受け取ることだけ。
神様がくださる救いも、これと同じです。
私たちが何か立派なことをしたから、与えられるのではありません。 頑張ったから、認められるのでもありません。
「神様、私には払えません。でも、あなたの愛を信じて受け取ります」
ただそう信じるだけでいい。 それが、神様の国の驚くべきルールなのです。
「もっと頑張らなきゃ」「何者かにならなきゃ」と、自分を追い込むのはもうおしまいです。 この贈り物を、ただ受け取ってみませんか。
決して離れない愛に包まれて
神様は、一度結んだ約束を絶対に破らない、どこまでも誠実な方です。
私たちが失敗しても。 弱音を吐いて立ち止まっても。 神様の方から、あなたを嫌いになることはありません。
「死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも……わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマの信徒への手紙8章38-39節)
あなたは、この大きな愛に包まれています。
何があっても。 どこへ行っても。 神様の愛が、あなたを追いかけていきます。
明日からの毎日が、この大きな愛の中で新しく始まりますように。 あなたの歩みが、優しさと希望に満ちたものになるよう、心からお祈りしています。
投稿者プロフィール
-
ヨハン東京キリスト教会で執事をしています。職場の同僚に誘われて初めて教会を訪れてからすでに30年近くたとうとしています。
教会運営やボランティア活動に参加しながら、インターネット宣教の一環でこのWEBサイトの運営もしています。人生のつらい経験も主のご計画があると信じて、御言葉とともに歩んでいます。
最新の投稿
インターネット宣教部2026年9月3日頑張りすぎて疲れてしまったあなたへ。聖書が語る「最高のプレゼント」の話
インターネット宣教部2025年11月14日後悔と不満の先に「力の源」を見出す
インターネット宣教部2025年11月10日「特別な才能」だけじゃない!人生の苦難もまた、あなたの大切な「賜物」です
インターネット宣教部2025年11月5日「忙しい」が口癖になっていませんか ~多忙の陰に隠された、本当に大切なこと~



