主に望みをおく人は新たな力を得
鷲のように翼を張って上る。
走っても弱ることなく、歩いても疲れない。
(イザヤ書40:31)

 バラの花は、一度も人を誘わないのに、人々はバラの魅力に惹き寄せられます。バラは『薔薇』という名前で無くても、たとえその名前が『菊』だったとしても、そのものの持つ美しさが、人々を魅了するのです。人も同じく、各々が持つ≪人格≫が人を引き寄せる香りを放ちます。人生で一番大切なのは、『人格』なのです。人格を耕すことが、その人の運命と未来を決定します。失敗する人には、失敗する習慣があるのです。勉強できる人には、勉強する習慣があります。『習慣』が、人生を変えることができるのです。

 イエス様にも習慣がありましたね。オリーブ山ヘ行くという…。習慣の根は、『行動』です。決心するだけでは、行動できるわけではないのです。例えば、お金持ちになりたい、社長になりたい、と決心しますが、誰でも実現するわけではないですね。すなわち、大切なのは『行動』です。その行動の根は、『考え』です。聖書では、考えについてより多く語られています。ユダの心にイエス様を裏切る考えを与えられました。サタンは、人々の考えを惑わし、左右するのです。

 今まで皆さんは、自分の『考え』について祈ったことはありますか?私たちは、○○したい、○○になりたい、○○が欲しい、ということは良く祈りますが、『考え』については、あまり祈りません。私たちの『考え』こそ、祈らなければなりません。

 私は大学時代哲学を専攻していましたが、大学1年の時に教授と大喧嘩して以来、どんなに頑張ってもCしかもらえませんでした。学部を卒業する時に、もう二度とあなたに会うことはないだろうと言い残して来ましたが、まさか義理の父になるとは、夢にも思いませんでした(笑)。

 反キリスト的な誤った理論(考え)を正すことが学問です。つまり、『考え』というのが、私たちの運命を変え、未来を変えるのです。私たちがもっとも危険視すべきなのは、『固定観念』(=壊れた考え)です。アイス・ブレイキング(ice breaking)というのは、即ちお互いの凝り固まった考えを壊して、溶け合うようにすることなのです。


 イエス様を信じれば、全てが上手くいくという、誤った固定観念を壊しなさい。
聖書は、たったの1度も、信じれば上手くいくとは教えていないのです。コヘレト7:14を見てみましょう。順境のとき、神様は私たちに幸せになることを望んでおられます。英語では、Be happy!と書かれているんです。では、逆境の時は、どう考えればよいのでしょう。人生の広さではなく、深さを考えるようにするのです。改めて、本当の価値とは何かを考えるようになるでしょう。

 私たちの人生において、突然荒野に出される時があります。荒野は不安や絶望、憂鬱に満ちています。しかし、その荒野を通りぬけ、走り超える時、抜け出した深さで、その人の人格が判断できるでしょう。神様を信頼して生きるようにと、私たちには、順境と逆境を併せ造られたのです。

 ある航海中の出来事です。突然嵐に船が襲われました。何とかして生き延びようとする人々の中で、ある老夫婦は、終始穏やかな平和な心であったそうです。彼らには2人の娘がいて、1人は事故で失い既に天国におり、もう1人は、船で向かっているボストンにいました。もし今ここで死んだら、天国で娘と出会えるし、もう1人の娘ともいずれ天国で出会えるでしょう。もし生き延びれば、ボストン港に到着して娘に出会えるでしょう。だから、不安なことは全くなかったのです。考えが、人の心を平和に、幸せにもするのです。

 共に召された聖い兄弟たちよ!祭司長であるキリストを想いなさい。視線を一箇所に集中させるのです。二台の戦艦が、夜の海を競って走っていました。御互いに、「20°矛先を変えろ!」と言い合いになっていました。片方の船長は、今まで獲得した勲章は数多く、実力もありました。しかし、灯台の前では、どんなに優秀な船長であっても、灯台を中心にして矛先を変えなければならないのです。灯台を前にして、権威もキャリアも意味をなさないのです。競争力を常に覚えて生きなさい。競争力を無くしたら、勝ち残れません。

 名家・名門出身、顔やスタイル、ルックスが良くて、背が高くなければ、競争力がないでしょうか?韓国では、歳が競争力なんですね。何かあると、すぐに相手の年齢を尋ねます。しかし、交際するのに歳が必要でしょうか?結局、人の『考え』が不幸を招きます。考えこそ、競争力です。これを養いましょう。どっちみち、戦場に来たのなら、勝つか、負けるかです。人は考えどおりに生きます。負ける人は、生きる通りに考えます。一生、幸せになるには、『考え』を変えることです。私たちの考えをイエスに固定することで、人間関係に変化が起こります。

 私は子供を持つ父親になったことで、地にひれ伏して御辞儀をしたいほどに、神様から生きる喜びを与えられました。「息子よ、お前が私の十字架だよ。」 親になって、忍耐すること、赦すことを学びました。信じて、その子に希望を与えること、これが親の心です。子供がもたらす祝福がわかることは、神様の祝福を知ります。「世界で一番尊敬するのは、お父さんだよ」息子から、そう言われた時の感動は涙なしには語れません。子供にとっての英雄となることは、親にとっての最高の祝福です。 考えをイエスに固定することです。
 結婚して得られる喜びは、想像を遥かに超えています。子供をたくさん産むことです。

 留学のため渡米した息子のもとへ、母親が尋ねて行きました。韓国から国際電話をかけると、「お母さんが一緒にいるから、さぞ天国のようだろうね。」と尋ねると、息子は「お父さんがこちらに来たら、天国だよ」と返ってきました。父になったことで、お父さんは死ぬまで、子供たちの天国になる、と決心しました。新郎・新婦となり、夫と妻となり、そして今は永遠の魂の親となったのです。これほどの幸せがあるでしょうか。

 私と妻とは、性格は全くの正反対です。利き手も逆だし、私が得意なことは、妻は苦手です。例えば、私は食器を使ったらすぐに片付けないと気が済まないタイプですが、妻は家にあるカップを全部使い切るまでは、洗う気が起こらないというタイプなのです(笑)。最初は、いつも妻に対し不平不満を言っていました。しかし、それが私の賜物だったのです。主は、妻ができないなら、できるあなたがやりなさい、と仰いました。

 自分に与えられたGiftはなんでしょうか?実は、自分が誰かに対して不平不満を言っていることが、そうなんです。相手ができないことを、自分がやればいいのです。できない部分を補い合うこと。それが、愛の共同体であり、できない人のために仕える時、その人が変わります。自分の考えでは、相手を怒ったり裁いたりしてしまいますが、イエスに視線を固定すると、欠点が長所にかわるのです。それが愛であり、互いに仕え合う姿をみて、主は喜ばれるのです。

 社会的な地位や、権威、財産が幸福でしょうか。考えを変えると幸せになります。不安や疑い、偏見を取り除き、聖さのみが残るように、主が与えて下さる考えで、私たちを喜びで満たして下さいますように、主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。